流離 「王家に捧ぐ歌」より
ここは何処だ…?
いつから俺は漂っているのだろうか?
わからない…
わかっているのは…この胸に漠然と残るのは…
あの人の言葉…
俺が守るべき人の…あの言葉だけ…
あのエチオピア王女の言葉
私は何をしている…?
私は…何をしてきた?
思い出せない…何も…
憶えているのは…あの人の念いだけ…
命を賭けて貫いたあの人の念い…
確かに触れたはずなのに…
私は触れられなかった…
アイーダ様の念い
何故…俺は此処にいる?
何処に行こうとしているのか…
何処に行きたいのか…
わからない…何も見えない…
いや…今、この胸に過ぎるのは…
それは…その面影は…
ああアイーダ…
俺の妹
この世界を変えることができると信じていた
そしてそれが…それこそが祖国を救うことだと
だから戦わねばならなかったのに…
何としてでも勝たねばならなかったのに…
あの人は戦わないといった…
あのエジプトの将軍に惹かれていたから?
なんと身勝手な…自分勝手なことだと思っていた
幼少の頃からこうと決めたらそれを貫く人であった…
強く勇ましく思いやりある優しい人だった
そして誰より思慮深く賢い人だと思っていた
それなのに…あの人は変わってしまった
誰よりも祖国を愛していた人だったのに…
祖国の苦しみを理解している人だと思っていたのに…
何故あんな愚かな振る舞いをしたのかわからず哀しかった
あいつは…アイーダはラダメスとか言う男に惹かれていた
エジプトの…敵国の将軍に!!
許せなかった…いや情けなかったのかもしれない…
よりにもよって敵に心奪われることなど…
だからあいつは戦いを避けているのだと思った
祖国を見捨てて…祖国を捨て…身内までも捨てた!
裏切り…それはまさに裏切り以外の何物でもない行為
あいつは裏切り者になったんだと…
だが俺達がしたことでこの世が変わったのか?
それで祖国が救えたのか?
気の遠くなる程の時間を彷徨ってきて…
それでも変わらないこの世界が…
この世界の何処が変わったというのだ!
自分が…自分達が振りかざしていた正義こそ…
なんと身勝手で…自分勝手なものだったのか…
果てのない永の時の中で私はやっと見えてきた…
愚かな振る舞いをしていたのは…私の方だったのだと…
力を貸すことなど出来ないと振り払ったあの人の深い哀しみの瞳
あの人は誰よりも祖国を愛していた…死の間際もきっと…
誰よりも祖国の苦しみを解っていた…だから…
だからこそ! あの人は…この手を振り払ったのだと…
もう遥か遠い日々となってしまった…あの刻…
どれだけ彷徨い続けたのかすらわからなくなった
それなのにあの刻だけは…はっきり覚えている
裏切り者…そうあいつは裏切り者なのだ…
だけど本当に? 本当に裏切り者なのか?
心の片隅で常に囁く声がする
何かとても大切なことを見失っているような気がしてならない…
あいつが裏切り者となったのは…
そうならざる得なかったからなのではないのか?
あいつを裏切りに追い詰めたのは…俺達ではないのか…?
そもそも俺達が本当に望んだものとは何だったのだ?
本当に望んでいたもの…?
俺は祖国が守りたかった…
家臣としてエチオピアの民を…守りたかったのだ
祖国の民の暮らしを…笑顔を…命を…
だけどエジプトの奴等が…それを踏み躙った!
怒りと屈辱に身体が燃えるようだった…
だが…本当に怒っていたのは…エジプトにじゃない…
守ることのできなかった自分自身が許せなくて憎らしかった!
本当の望み…?
戦いなど知りたくなどなかった…
人の命があっけなく失われ…それが当然の現実など…
笑顔で穏やかな暮しがしたかった…心許せる人達と共に…
だけど奪われた…エジプトに…そんなささやかな幸せが…
哀しくて辛くて…心が張り裂けそうだった…
けれど…本当に哀しかったのは笑顔を忘れた自分…
辛かったのは優しさを忘れた自分自身!
エチオピアの王家に生まれた男として…この国を守ること
父王を支えこの国を豊かにすること…やがてはそれを受け継ぐこと
その全てを失った時、この命を賭け取り戻さねばならかった
そのためにならば…何ですると…何でもしてみせると誓った
けど本当に取り戻したかったのは…そんなものではなかった
俺が本当に取り戻したかったもの…それは…
本当は…祖国を…民を…父を…そして妹を…
幸せにしてやりたかったのだ
いつも心から微笑んで暮らせる国を守りたかったのだ
祖国と…そこに集う愛すべき人々と共に!
どこで…いつから間違ったのだろうか…
憎しみという感情に縛られて…エジプトという国に囚われて…
自分勝手な思いだけで突っ走っていた…
愚かな振る舞いに気づこうとしなかった…
戦いの真実を見ようとしなかった…
アイーダが全てを教えてくれていたのに
今になってやっとわかった…お前の心が…
ああ…アイーダ…
―終―
□後書き
えーちなみに視点としては…
カマンテ→サウフェ→ウバルド→カマンテ→サウフェ→ウバルド→
カマンテ→サウフェ→ウバルド→カマンテ→サウフェ→ウバルド
という順になっておりますので。(ややこしいかな?)