存在 「JAZZYな妖精たち」より
「あんたに分かるもんか…」
そう俯いたまま小さく呟いたのは目の前のまだ幼さを残す少年だろう。
さっきまで繰り返しオウムのようにその少年に言い続けてた言葉を俺は止めた。
別にその言葉がショックだったわけじゃない。
ただ思い出したのだ。昔、同じようなことを呟いた奴がいたことを。
急に記憶が鮮明に蘇った。
それはまるで妖精の魔法にでもかかったかのように。
もういい。うんざりだよ。
どうとでもすればいいんだ。
あの頃はそんな風にしか思えなかった。
新天地だなんて、夢を求めてこの国に来たなんておとぎ話だったと。
向こうでは居場所が無かったから此処に来ただけだと。
でも、結局、此処にも居場所なんてなかったんだ…
移民だというだけで、見下されて。
両親がいない。たったそれだけで更に見下される。
それにどうしようもなく、やりきれない気持ちだけが膨らんで。
誰にも言えない弱音はそっと心の底に深く沈めて。
此処に来てからずっとそうやって生きてきた。
「あんたなんかに分かるもんか…。」
無意識に唇を噛み締めて、そっと呟いた言葉。
誰かに、まして目の前の警官なんかに聞かせるつもりではなかった。
それを口にしてしまうことは弱みを掴ませるみたいで嫌だったから。
だからずっと言わずにいた言葉だった。でも本当はずっと誰かに言いたかった言葉。
それまで口煩くしゃべっていた警官が急にそれをやめた。
聞かれたと、そう思った。
それでもその言葉にこの警官がどんな反応するか、気にもなった。
おかしな話だが、ずっと何度も顔を合わせて馴染みともなればそうなるのだろうか。
目の前の警官は暫く何も言わずにいた。
そして俺が想像していたのとは全く違う反応を見せた。
「そうだな、全くお前の言う通りだよ。ミック・オブライエン。」
少し…いやかなり驚いて思わずその警官の顔を見た。
目の前の顔は相変わらず真面目な顔をしていた、本当にそう思っているという。
俺が不思議そうに見ていたからか、警官が少し笑いながら聞いてきた。
「どうした?俺の顔に何かついてるか?」
その言葉に俺はその警官をひと睨みしてそっぽを向いた。
俺の態度など初めから気にもしていなかった警官はそのまま穏やかに笑みを浮かべた。
そして静かに言う。
「お前は俺に共感してほしいのか?そして同情が欲しいのか?」
最初は何を言われたのか、理解できなかった。しようとしなかったのか。
漸くその言葉が理解できた瞬間にはガキみたいに叫んでいた。
「誰がいつそんなこと言ったっ!」
近くにいた周囲の数人が俺の声に反応してこちらを見る。
しかしここでは日常茶飯事だとすぐに気に止めなくなった。
俺はただ目の前の警官の言葉に訳もわからずに苛々していた。
一体、こいつは何が言いたいんだ。そしてそれが何になるって言うんだ。
「だろ?だから俺が無理やりお前の気持ちを分かっても意味がない。」
分かること自体が不可能だ。そう思ったけれど言葉にならなかった。
俺のそんな様子は気にも止めないで目の前の警官は言葉を続けた。
「分かった振りをするのは俺の性に合わないし。」
苛々感を抱きつつ、やっぱり不思議な気持ちがまた沸き起こる。
お節介な奴だと思っていた、そんな警官の口からそんな言葉を聞くなんて不思議だった。
何が言いたいかは何となくわかった。要は同情なんかしないって言いたいのだろう。
別にそんなものは最初から望んでいない。それが欲しいなんて誰も言っていない。
勝手に同情してきた偽善者はいくらでもいたけれど。
「お前は誰にも気持ちを分かって貰えないことが辛いんじゃないんだろう。」
それは最初に見た時から薄々感じてた、その警官はそんな言葉を最後に付け加えた。
俺は何も言えなくなった。
さっきとは全く違う俺の沈黙にその警官もまた黙っていた。
俺は何も言えなかったその時、ふいに浮かんだ懐かしい顔を順番に眺めていた。
それは寒くてひもじくて悲しい思い出と共にある暖かくて楽しく懐かしい故郷の仲間。
一緒に遊んで、一緒に勉強して、一緒に眠って、一緒に…
最後の1人の顔をよく見ようとしたけれど、見えなかった。
そうして思い出す。そいつと最後に会って、この目に焼き付けられたのは背中だけだったと。
ずっと隣にいられると思っていたこと。けれど、もういない。俺の隣には誰もいなかった。
ふいに頬に触れた暖かな温もりに俺は漸く我に返った。
気がつけば自分の頬に誰かの手があった。その手がさっきまで話していた警官のものだと知る。
俺はそれに一瞬、戸惑い、それでも慌ててその手を跳ね除けた。
「何…するんだよ!触るな!」
声を出して、叫んだつもりだったけれど、聞くに耐えないほど弱々しく感じた。
その時になって初めて俺は頬が濡れていることを知った。
何だろう?と思いつつ、後から後からそれは溢れ出してきた。
止まれ!何でだよ!何で…!必死にそう思って止めようとするがそれは止まらなかった。
「…っ畜生…。」
目の前の警官にだけはそんな姿を見られたくは…いや違う。ただ誰にも見られたくなかった。
でもその警官にだけは何故かそんなことまで見透かされてしまっていたようだ。
警官は黙って自分の上着を俺の頭から被せた。それも少々乱暴に。
けれど、それに…そのことに何処かとても安心していることを俺は悟った。
それからそれを認めるにはまた時間がかかってしまったけれど。
それを認めた結果はそんなに悪いものではなかった。
きっとまだ答えは出ていないだろうけど、やれるだけやってやろう。
きっとこの少年も同じだ。あの時の俺と。同情や哀れみは望んでない。
同じことを思っているそれが、自分に対しての苛立ちと共に吐き出されたのだ。
だからあのお節介な警官が、あの時、俺にしたようにすることにした。
目の前の俺と同じ少年の肩の力を抜いてやろう。
別に構わないだろ?
俺にこの警官という仕事を教えたのはあんたなんだから。
― END ―
□後書き
うわー月組作品書いたの初ですよ!(めでてぇな!)(何がだよ)
卒業後に書いておいてなんですけど…さららんの卒業記念です(ぼそぼそ)
ずっとミックを改心させたという警官との話を書きたかったんです。
でも何となくまとまらなくて、やっぱ駄目かなー思ってたら書けました(ぃやったね!)
特別出演の少年Aは特に誰って決まってません。警官も特に誰を…とは思って書いてません。
ただ警官はバウの影響で、嘉月絵理さんがいいなーと思ってます。
少年はー…明日海りお君あたりでいかがでしょうかね?
モロ飛龍さんの好みで固めましたな。いいじゃんドリームなんだから!(こらこら)
実は最後のオチとか考えてなかったんですが。
某企画物よりかは遥かに短時間で仕上がりました(な、何故だろう?)